漫画出版社の人に話を聞いてきた脳内メモ

書籍は通常、「委託販売制」で販売されており、書店のマージン(定価に占める取り分)は22〜23%程度。売れなければ、仕入れ価格と同額で返品できる。

これに対して35ブックスは、書店のマージンを35%と高めに設定する一方で、返本時の引き取り価格を35%に下げる仕組み。「責任販売制」と呼ばれるシステムで、取り次ぎにも協力を得て実現した。書店の利益アップと出版社の返本リスク低下、取り次ぎの業務効率化が狙いだ。

「返本率4割」打開の一手なるか 中堅出版8社、新販売制「35ブックス」 - ITmedia NEWS

出版も取次も書店も右肩下がりで大変です。ってところで、書店にリスクを背負ってもらう代わりに取り分を多めにすることで、単価は高いけど流通が停滞している書籍の活性化を狙う模様。

まずは、「南方熊楠コレクション」(全5巻・6600円、河出書房新社)、「昭和二十年東京地図」(3400円、筑摩書房)、「顔真卿字典」(5600円、二玄社)など高価格帯で書店の利益の厚い復刊書籍を中心にラインアップする。

「返本率4割」打開の一手なるか 中堅出版8社、新販売制「35ブックス」 - ITmedia NEWS

学術的価値はともかく、書店に並べても棚の肥やしになりそうなラインナップ。こういう類の書籍が売れるようになるなら良いことだけど、これって書店と出版のより強い販促協調が必要になるよなあ。新刊でも売れ線でもないから、棚クレ平台クレの話ではないのだろうしなあ。

こっから漫画雑誌の話

先日、漫画雑誌を刊行している出版社の営業方面*1の方にお話を聞いてきました。時間に限りもあって突っ込んだ話は聞けませんでしたが、漫画出版社の売上を作る現場のいち視点と捕らえていただければと思います。

委託販売制と出版・取次・書店という3層構造のもどかしさ

先のニュースの引用にもある通り、書籍は委託販売制で販売されているので、書店には仕入れの失敗による赤字と余剰在庫の心配がありません。そのため書店は過剰に書籍を仕入れ、結局売れないものは全て返品するので返本率が高くなってしまい、現在の出版業界の問題の一つになっています*2

ところが漫画雑誌では事情が異なり、取次店から各書店への配本数は、過去の販売実績に基づいて自動的に決まってしまうのだとか。現状の書籍流通システムでは、各書店で売上が出ている雑誌を定量定期で入荷できるので、わざわざ売れるか分からない雑誌に売り場を割いてもらえないのだそうです。合理的なシステムが、新たな販売チャンネルの獲得を妨げている側面もあるようですね。

まあこれは漫画に限らず、定期刊行誌はみな同じだと思います。ちなみに単行本も似たような状況とのこと。

マイナスから始まる単行本販売

漫画雑誌は単体では真っ赤だという話。以前、竹熊氏がブログで触れていましたが、僕がお伺いした出版社も雑誌単体では赤字で、単行本から利益を出しています。

しかし、このマンガ雑誌が売れていないという問題なんですが、ことは売れないから問題だという単純なものでもありません。出版社にとって、マンガ雑誌が儲からないことはある意味想定の範囲内であって、雑誌によっては原価率400%という、他業界が聞いたら耳を疑うようなものもあります。全部がそうではないでしょうが、1誌や2誌ではないことも確かです。

マンガ雑誌に「元をとる」という発想はない: たけくまメモ

というわけで、雑誌の刊行を出発点とした場合、単行本の販売は利益的にマイナスの状態から始まります。作品の宣伝が雑誌の役割のひとつだと考えれば、開発費を投じてモノを作って売ってる企業と同じではありますが、雑誌の原価率がハンパではないのは確かです。

雑誌そのもので出来る施策としては、やはり雑誌の色づけが重要。「週刊少年ジャンプ」のような連載作品がバラエティに富んだモンスター誌であっても、「週刊少年マガジン」や「週刊少年サンデー」とは違った特色があるのは当然のこと。後発誌や小規模誌は、より強い特色を持つことで濃い読者に答え、単行本やグッズを積極的に買ってもらわなければなりません。ジャンプが『少年向け』であり、テーマは『友情・努力・勝利』とざっくりしているのに対して、2006年末発行と後発の「チャンピオンRED いちご」の最初のキャッチフレーズは『オール読みきり・オールヒロイン15歳以下』であり、萌え路線を意識した内容であったりと、読者を絞った感じです。

ただ、僕がお伺いした出版社では全体の売上低下はあるものの、雑誌が売れずに単行本が売れる傾向があるそうで、単行本専門の読者が増えているとのこと。そういえば、僕も雑誌は気が向いたときだけで、単行本できっちり読むようになりました。漫画業界の全体的な傾向なのか気になるところです。

書店の数は減ったが、売り場総面積は増えた

いわゆる『町の本屋さん』が激減する一方、大型書店の新規出店が目立っています。販売チャンネルの集約化・大型化には、流通などのメリットもありますが、当然ながらライバル誌と店頭でガッツリぶつかる機会も増え、競争が激化する懸念もあるようです。

書店の店舗数と売り場総面積の推移については、Garbagenews.comに分かりやすい記事があります。

今回仕切り直して作成した、あるいは新規に作ったグラフからは「書店のリストラクチャリング」すなわち「集約化・大型化」が進んでいるようすがつかみ取れる。街の小さな10メートル四方サイズの本屋さんが次々に廃業し、その一方で大型書店が次々と開店。しかも年々その規模は拡大する傾向にある。

「書店の減り具合」と「書店の売り場面積動向」のグラフ化を仕切り直してみる - ガベージニュース(旧:過去ログ版)

僕の田舎でも、知っているだけで小規模書店が5つ閉店しています。それぞれに「参考書なら○○さん」「ラノベなら□□さん」という特色があって、みんな愛着のある書店でした。今は大型店だけが残っている状態で経営者(店長)の顔も知りませんが、大抵の買い物には困らないと言っところ。寂しいとは思いますが、それが現実でもあります。

コンテンツ屋という意識はあまり無い

僕は漫画出版社はコンテンツを作る会社だと思っていたのですが、長年やってきた書籍を刊行する者としての意識の方が強いようです。もちろん、これまでにも漫画のアニメ化・ゲーム化・グッズ化などのクロスメディア展開はありましたが、そのどれもが既存の産業を合わせて型にはめたモノに過ぎません。漫画そのものを消費者に届ける新たなブレイクスルーは必要だが、その輪郭すら見出せていないのが現状。インターネットというニューメディアを軽視し、不勉強であったためにその対応に遅れている実感もあるとのこと。

また、これは別の漫画出版社の友人の話ですが、社内にクロスメディア展開の担当がおらず、外部から提案されるグッズ化などの話は、その作品の担当編集が窓口になる出版社もあります。中小規模の漫画出版社では、コンテンツそのものの展開を考え企画する専門家が少ない状況のようです。娯楽がこれだけ多様化した現在、漫画雑誌にも淘汰されるものが現れるのは当たり前です。しかしそれでも、漫画出版社が培ってきたコンテンツ力は強力な武器に成りうると思うのですが、それはこれからと考えても良いのでしょうか。

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ネットによる大衆メディアの転換期に、漫画コンテンツや漫画表現をどう作り変えていくべきかを考えるタイミングを先延ばしにしてしまい、そのしわ寄せがここ数年で顕著になってきたのでどうすんべ。というのが今の漫画出版業界のようです。既に各方面で語られていることではありますが、やはり本職の方から直接聞くとより現実感がありました。

*1:ラウンダー:各書店を回って書籍補充や受発注業務、POPなどでの売り場作りやフェアの提案までやる人

*2:雑誌の乱立と新刊の刊行ペースが、書店の捌ける書籍量や読者の消費量を超えているからだ。という話もあります。他には、小型書店の相次ぐ閉店が返本の増加を招いているとも。