これが私のご主人様

眼前に大勢のドイツの軍服が潜んでいる。決戦は恐らく明日だ。僕らの町は戦場になる。

監視塔と射撃台を兼ね備えるように改造した自宅の離れで、作戦の最終確認をした。作戦と言っても、ご近所の方々と最後の意思確認をしただけだ。そのあとは夕食のためそれぞれの家へ解散となった。所詮は畑を耕すか背広を着て頭を下げるかしていない私たちだ。確実に最後の晩餐になるだろうが、諦めや絶望は感じなかった。

夕食のあと、庭で花火をやることにした。これがいけなかった。敵の眼前で、明日にはドンパチが始まるという状況で、なぜ花火なんぞやる気になったのか。そうしないとストーリーにならないと言うことか。僕は誤って小型の打ち上げ花火に火を点けてしまう。

星空に跳ねて響く花火。決戦前夜の膨れ上がった緊張感が弾ける音だ。間も無くそこらじゅうから銃声と怒号が聞こえてくる。暗闇のなかで所々に見える火薬の閃光のせいで、花火を見上げていた僕は空と地面の区別がつかなくなった。

母屋の壁を頼りに離れまで辿り着いた。見張り台で当番のおじさんが暗闇に向かって銃を構えているのを確認するころ、辺りはまた静かな夜になった。おじさんは僕の方をチラリと見て「近付いてくる」と小さい声で言った。

間も無くおじさんは撃たれた。おじさんの向かう方から「パン」と一度聞こえただけだった。離れの周囲に足音が集まってきた。聞き取れない話し声が聞こえる。僕は何をして良いのか分からなかった。ただ、外の連中が何かをしてくるのを待っていた。

外の敵は静かにドアを開けて入ってきた。ダボダボのTシャツにダボダボのパンツ。戦場にしてはラフな格好だ。ラフな兵士は何かを僕に命令しているようだが理解できなった。言葉が通じないと分かったのか、ラフな兵士は僕の腕を掴んで外に引きずり出した。

兵士は僕の腕を掴んだまま母屋へ上がりこみ、台所のテーブルに置いてある紅茶の缶を取り上げてまた何かを僕に命令しているようだった。これなら分かる。僕は紅茶の缶を受け取り、ひとり分の紅茶を淹れた。兵士は差し出されたカップをビールでも飲むかのように掴み、香りを楽しむこともなく喉を鳴らして一気に飲み干した。

その日は自分のベッドで寝ることができた。とはいえ兵士の見張り付きで、あんなことがあってはとても眠れる状態ではなかった。見張り台のおじさんは撃たれたあと、顔に空いた穴から血が流れていたからやっぱり死んだんだろう。他のご近所さんがどうなったのかは分からない。分かるわけもないのにみんなのことを考えていた。

朝方にやっとウトウトし始めていたところを、兵士に文字通り叩き起こされた。居間へ連れていかれると、そこにはダボダボの上下を着た兵士でごった返していた。メガネの兵士がウチの液晶テレビThinkPadを繋いで周辺地図やらを映している。どうやら僕の家を一時的な砦にするらしい。

目の前の忙しさに暫く茫然としていると、玄関の方から大きな掛け声が聞こえた。家の中の兵士たちは瞬く間に玄関から居間へと続く廊下の両端を囲み、敬礼をしたまま動かなくなった。僕は未だ状況に追い付けず、廊下の真ん中に突っ立っていた。開いた玄関の向こう側に、強い朝日を浴びた誰かがいた。逆光で真っ黒に見えるそれは滑るように家の中に入ってきた。フリーザ様だった。

脚が震えた。頭のてっぺんから血の気が引いていくのが分かった。フリーザ様がゆっくりと近付いてくる。相手は戦闘力53万。こちとら運動不足の26歳だ。どうあってもひっくり返らない。僕はここで殺されるんだと思った。

いよいよフリーザ様の足下に僕が平伏す距離になった。僕はもう何も考えなかった。「どうかせめて苦しまない方法で」そんなことすらも考えない内に、何も思わぬ内にさっさと殺してもらいたいと無意識に何も考えないということをしていた。しかし、フリーザ様は僕に声を掛けて下さった。

「あなたは紅茶の淹れ方を知っているそうですね」